裁判官に間違いはないのでしょうか?裁判官の良心とは? 袴田事件を通して、日本の問題点を私なりに日記にしたいと思います。

2007年06月12日

基本的人権 日本と海外との違い

ロサンゼルスタイムス紙、ARD German TV(ドイツのNHK) のインタビューを受けて、両社の質問者の袴田事件に対する目のつけどころ(視点)が日本の多くの記者のそれと大きく違っていた。
それは人権に対する基本的な考え方についてである。
大学時代から考えていた事でもあるが、人権とは根本的にはフランス革命、アメリカの独立戦争、イギリスのマグナカルタ等に基づくものと私は思ってきた。
一言でいえば革命(市民自らが自分の血を流して、人間らしい市民生活を取り戻した歴史)を
持つか持たないかである。

日本人が人間らしい生活ができる様になったのは、昭和20年8月15日の終戦という何も血を流さなくて自由と人権を与えてもらった日からである。 人によっては300年の違いがある人と、私は400年だと考えているが、格段の違いはどうしょうもないと考えている。
 ロサンゼルスタイムス紙の記者に一言でいうとと問われて次のように答えた。
「日本人が権利を論ずる時、マイライト(私の個々的な権利)でしかないが、英・米ではヒューマンライツ(人間が持って生まれた、人間としての権利を意味する)」と答えたら一応理解できたようだった。
英・米・独でも権利は与えられてもらうものではなく、自ら闘って取るものだという考え方が定着している。  
その差が300年といい、私は400年の違いがあると思っている。
今日の日本のあらゆる現象がそうでなければ説明できないと考えてるが,諸兄姉は如何?

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基本的人権 日本と海外との違い へのコメント
「日本人が人間らしい生活ができる様になったのは、昭和20年8月15日の終戦という何も血を流さなくて自由と人権を与えてもらった日からである。」

昭和12年生まれくらいの熊本さんがそう仰るのですが、昭和33年生まれの私には、本当のところはわかりません。ただ、戦前は国民のわずか数パーセントにしか投票権がなかったということからみると、そうだったのかもしれないと思えるわけです。

「最後の一句」をお読みになったことがおありでしょうか。江戸時代後期のお上たちの、下々の人間に対する見方が実にわかりやすく描かれています。描いた人が鴎外であるというところがまた興味深いのです。

それが日本の150年前の姿。しかし、こういった冤罪事件の実情を知るにつけ、その「お上の体質」というのは、ほとんど変っていないのではないかと思えるのです。(ちなみに、上の話は冤罪の話ではありません)

戦後は民主主義の世になったとはいえ、民主主義とは何かという、根本的な問いに答えられるような教育を、私たちは受けてきませんでした。つまり、ヒューマンライトとか、ヒューマンコンディションという概念を知ることがありませんでした。それは日本だけでなく、アラブまでを含むアジア全体の問題であるのかもと認識しています。
Posted by 博多っ子 at 2007年07月09日 13:12
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