裁判官に間違いはないのでしょうか?裁判官の良心とは? 袴田事件を通して、日本の問題点を私なりに日記にしたいと思います。

2007年06月13日

基本的人権 日本の現状

 昭和21年11月3日に日本国憲法が公布され、その第三章以下に「国民の権利及び義務」の定めがあり、その中の第十一条「 基本的人権の享有と本質」で国民の永久不可侵性を定め、第二十八条で「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する」までの間の細かい定めをしているが、国民のどの位の割合の人々がこれを知っているだろうか?
 
世界の国々の人権度を測定した数字を見てみると、フィンランド・スウェーデン・ノルウェーの北欧三ヶ国がだんぜん抜け出ていて、いわゆるG7のうち日本を除く国がつづいて、最後に日本が最下位を示しつづけている。今日もなお、人権発展途上国といわれ続けているのを、いったいどれだけの日本国民が知っている事であろうか。
 
実際に自由・権利又は保障をほぼ尊重しているかどうか、それらの権利が侵害されてないかという点からの調査でも、最低であることが実証されている。こんなことを言い出すとおそらく日本人の大半は、そんなむつかしい事は我々素人には分からないという答えが返ってくるでしょう。
たったこれだけの事でも日本では問題となります。
 
 ところで、袴田事件では何が問題になっているのか。。。。次回につづく。


関連記事
(袴田事件とは)
http://www.hakamada.net/hakamatajiken/jiken_menu.html
(熊本典道ニュース)
http://www.janjan.jp/government/0703/0703101452/1.php  


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2007年06月12日

基本的人権 日本と海外との違い

ロサンゼルスタイムス紙、ARD German TV(ドイツのNHK) のインタビューを受けて、両社の質問者の袴田事件に対する目のつけどころ(視点)が日本の多くの記者のそれと大きく違っていた。
それは人権に対する基本的な考え方についてである。
大学時代から考えていた事でもあるが、人権とは根本的にはフランス革命、アメリカの独立戦争、イギリスのマグナカルタ等に基づくものと私は思ってきた。
一言でいえば革命(市民自らが自分の血を流して、人間らしい市民生活を取り戻した歴史)を
持つか持たないかである。

日本人が人間らしい生活ができる様になったのは、昭和20年8月15日の終戦という何も血を流さなくて自由と人権を与えてもらった日からである。 人によっては300年の違いがある人と、私は400年だと考えているが、格段の違いはどうしょうもないと考えている。
 ロサンゼルスタイムス紙の記者に一言でいうとと問われて次のように答えた。
「日本人が権利を論ずる時、マイライト(私の個々的な権利)でしかないが、英・米ではヒューマンライツ(人間が持って生まれた、人間としての権利を意味する)」と答えたら一応理解できたようだった。
英・米・独でも権利は与えられてもらうものではなく、自ら闘って取るものだという考え方が定着している。  
その差が300年といい、私は400年の違いがあると思っている。
今日の日本のあらゆる現象がそうでなければ説明できないと考えてるが,諸兄姉は如何?  


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