裁判官に間違いはないのでしょうか?裁判官の良心とは? 袴田事件を通して、日本の問題点を私なりに日記にしたいと思います。

2010年05月30日

「美談の男」~袴田事件を裁いた元裁判官・熊本典道の秘密~

「美談の男」 鉄人社から出版されました。


『美談の男』 ~冤罪袴田事件を裁いた元主任裁判官・熊本典道の秘密~



私は無罪を確信しながら死刑判決を言い渡した。。。」

39年前の過ちを自ら告白した元エリート判事の転落と再生






~熊本典道のメッセージ~

僕のことなんかどうでもいいんです

袴田君が1日も早く自由になってくれることが大切なんです

それだでです。




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当ブログよりお申し込み頂いた方に限り、送料無料で「美談の男」をお送りしま
す。
以下のリンクより、お申し込みフォーマットに必要事項をご記入下さい。
本の代金1,470円(税込み)は商品が到着後、郵便振替、または銀行振込みにてお

払い下さい。

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※商品の発送は出版元の鉄人社からとなります。個人情報の保護については鉄人
社:
公式サイトの規約に準じます。
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23:00を「美談の男」~袴田事件を裁いた元裁判官・熊本典道の秘密~  at 23:00Comments(3)袴田事件

2010年04月14日

『BOX 袴田事件 命とは』 映画公開






~熊本典道よりメッセージ~


映画が完成し、ただただ感無量です

この映画を世に出した方々に心より感謝申し上げます

そして日本の司法のあるべき姿に寄与し

1日も早く袴田君が自由の身になる事を願ってやみません

みなさん是非みてください

お願いいたします


熊本典道



映画予告編


5月29日(土)より、渋谷ユーロスペース、銀座シネバトス、
外にて全国順次公開する。


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スタッフ
監督・脚本: 高橋伴明
企画: 忠叡
共同エグセクティブプロデューサー: 中島仁 / 加治潤一
プロデューサー: 西健二郎 / 林淳一郎
アソシエイトプロデューサー: 大原盛雄
エグセクティブプロデューサー: 後藤正人
脚本: 夏井辰徳
音楽: 林祐介
撮影: 林淳一郎
照明: 豊見山明長
録音: 福田伸
美術: 丸尾知行
VFXスーパーバイザー: 立石勝
記録: 阿保知香子
編集: 菊池純一
監督補: 小久保利己
制作担当: 榊田茂樹

キャスト
萩原聖人
新井浩文
葉月里緒奈
村野武範
保阪尚希
ダンカン
須賀貴匡
中村優子
雛形あきこ
大杉漣
國村隼
志村東吾
吉村実子
岸部一徳
塩見三省
石橋凌
他   


10:00を『BOX 袴田事件 命とは』 映画公開  at 10:00Comments(3)袴田事件

2007年08月04日

弁護士の再登録

私が裁判官になったのが昭和三十八年四月です。
その月、東大刑事判例研究会に入れていただき、「刑事訴訟法の判例」を担当して以来、
刑事裁判の制度はどのようにあるべきかを「学者兼実務家」として生きることに決めました。
東大刑事判例研究会幹事役の松尾浩也、小野慶二ら二人の配慮により刑事裁判のあり方に関するテーマを担当させていただき、今日に至りました。 そのポイントは誤判を犯さない事を最終の目的とする学問でした。 その、一番大事な点は刑事裁判における弁護人の活動の重要性です。 今日までの私が発表した刑事裁判に関する論文のほとんどが、刑事弁護の重要性に関するものでした。

 人間の世界で最もさけるべき事は誤って人の生命・財産を奪ってはならないという今から300年前のフランス人権宣言のいうところであります。 ところが、それから4年後の昭和41年、静岡地裁に行って、「無実の疑いがきわめて強い袴田事件の問題」に遭遇します。

 後で述べますがもう一度、弁護士を再登録して、彼を死に追いやる事がない様、全力をあげるつもりです。 そして、一日も早く身柄を釈放するために働きたいです。  


22:00を弁護士の再登録  at 22:00Comments(18)思ったこと

2007年07月20日

裁判は、人を見ながら裁く事

長らくお休みしました。 今日からブログを再開します。

 私は、平成19年1月28日、袴田君の実姉、袴田秀子さんと初めて会うことが出来、私なりの謝罪をし、今後の彼の無罪放免の為全力を尽くし、あらゆる協力を確約した。 しかし、意の足りなさを痛感していたので5月30日あるテレビマンの助力により、浜松市内の秀子さんの自宅を訪ねることが出来、二人だけで、やっと会話をする事が出来た。 そして、彼の逮捕前後の事情を初めて聞く事が出来た。
 彼のこの事件の事情について最も大事な事情については追って詳しく述べることにするが、この時の秀子さんとの約30分ほどの会話で40年余りの私の思いがようやく「実り始めた」という貴重な経験をして福岡に帰る事が出来た。

 そして、つい先日の7月1日、彼が収監されている東京拘置所に面会に行ったことは周知の通りである。

面会出来れば第一審判決当日以来40年ぶりに事を期待していたのだが、残念ながらそれは叶わなかった。 ただ、その日の事で私にとって記憶に留めておくべき重要な事がある。
 それは、姉 秀子さんが巌さんに「熊本さんが一緒に面会に来ている」「熊本さんて覚えてる?」と尋ねると、「知ってるよ、あの人はいい人だった」と答えたという。 
 私にとっては一審当時の審理の状況、特に私と彼の取調べにあたった2名の松本取調官と質疑応答をよく聞いていた彼の態度を思い出し、強く胸にせまる思いがした。。。

 私は、刑事裁判官になってから先輩の教えに従って「法廷では人の態度を見る事」を第一として審理に望んできたが、袴田君の審理に関しても同様にそうした。 否定している彼の行動・動作については特に気をつけ、彼の目の動きについては神経質すぎる程、気を配っていた。 そのため、メモに集中していた2人の裁判官からは、嫌味(メモを取らない手抜き)を言われる事もあった。 彼の方も、私が主任裁判官である事が分かっていた様で、私の法廷での一投足に全神経を集中させていた様子がはっきり読み取れていた。
 このような関係の中での40年だったので、私がどんな人間かは彼なりに評価していたのではなかろうか・・・・・こんな思いをしながら福岡に帰った。

 裁判、特に刑事裁判では「人を見ながら裁く事」が基本である事は、時代が変わっても変わることがないと私は思っているが、今後、もし裁判員制度が取り入れられたとしても、この事だけは後輩達に残しておくべきであろう。 そして「人を裁くことは人に裁かれる事」 でもあるという事を。。。
 

   


23:00を裁判は、人を見ながら裁く事  at 23:00Comments(4)袴田事件

2007年07月10日

こわれたグライダー

(1981年)
 11月8日
 人間の不幸、災いなどというものは、何の予告もなく訪れるものである。突然にすべて
のものが私の前から閉ざされてしまった。そして、自分のなかが置き換えられてしまう。
この日以来、世の中のものが陰気に恐怖を与えながらせまってくる。
 代用監獄の拷問場は黒のカーテンが引かれて昼なお薄暗くムシ風呂の如く暑い。突き飛
ばされて窓辺のカーテンに触れた。わずかな隙間から外を見た。確かに明るいと思った。
よく見ると視界全体が真っ赤だ。非常なはげしさでなにかが私の頭と体を打つが、然し感
じは薄い。麻ひしたのならこの際有り難い。並みの激しさではなくて、身体が無闇にそし
て不意に飛ぶのだ。こわれたグライダーを一瞬連想させた。舞い上がるが直ぐに落下する。
その間にも罵声が響いている。デスクにしがみつくとそこの顔が泣いていた。権力を持っ
た無能の暴団がいつものように凄んでいる。時としてそれはふざけているようでもあった
が、決して楽しそうではなかった。以前はいつもとてもたのしげに私の所にきた刑事は、
私に背をむけとても哀れな目つきで私を見つめた。
 調室の壁に絵がかけられていた。警察に来た当初はその絵を見上げると景色は私の良心
に一緒にほほえむものだったが、その景色は以後、悲しげな表情さえあらわした。代用監
獄の電灯もすべて輝きを失っていた。物の色はもとのままだったが、以前と違って物すべ
てのなかに生命が失せていた。食物をみるとむしろ吐き気がした。

 私と顔を会わせるすべての人が、私を犯人にデッチ上げようと必死になっているように
みえました。人権侵害団はしきりに言いました。巌が犯人だと世間では皆思っていると、
聞き込みにいくと袴田が犯人だと皆言っていると。私はこのような事を繰り返し聞かされ、
この社会全体が私を抹殺しようとしているのだと思わざるを得ませんでした。私は見るも
の、触れるものすべてが恐ろしくてなりませんでした。終日ビクビクしていました。ある
夜、私は涼を感じました。そして爽やかな風を覚えると途端に、ムシ風呂に閉じ込められ
るのです。もうろうとしているとまた涼風が吹き込むのです。私はムシ風呂に入ったり出
たりしているのだと思いました。ひょっと気がつくと私の顔を悪魔がのぞいていました。
戦りつを覚えて手の平で顔をおおいました。私は人類が逆に滅びるのだとその時思いまし
た。そうでなかったら罪なき私の顔を悪魔がのぞくはずはないと思ったからです。前方の
一箇所が真っ赤になっていました。あれは富士山が燃えているのだと肌で感じました。そ
れは日本の終わりをつげているようでした。誰かが私の顔を冷たいタオルで拭きました。
その何者かは、あやつり人形みたいでありました。何もかも不自然で奇妙でありました。

 何もかも不自然で奇妙であった。またぞろ繰り人形が動いて花瓶を前に置いた。無色の
花がさしてあるなと思った。誰かが奇麗だろうと言ってわたしの前に押し出した。私はこ
の花は枯れそうな魂だなとみた。親類の魂ではないか。皆、直接、間接的拷問にかけられ
て泣いているのだ。とても悲しかった。光りがチカチカとゆれていた。天から星がおちて
くるに違いないと思った。朝になっても太陽は昇るまい、昨日が太陽の照る最後の日であ
ったのだ。
 机のろうそくに火が点けられた。これが燃え尽きるとわたしは死ぬし、世界は滅びるの
だと思っていた。


袴田巌さんの獄中日記です。 
多くの手紙がご家族、友人知人のもとに届けられ、確定後も、生きる証として、また、無実の証として、毎日の日記がご家族のもとに届けられている。
  


23:37をこわれたグライダー  at 23:37Comments(2)袴田日記

2007年07月08日

チャンの祈り  息子への想い

(1982年)
 12月19日
 チャンは、決して本件の真犯人ではない。チャンが今まなじりを決して一歩一歩進んで
いる道は正義で唯一のものであり、今生の人間の尊厳を守る正しいことであるがゆえに、
わが息子であるお前も父を理解しなければならないのだ。とは言っても、この身捕らえら
れたゆえとはしても、お前を育てる事もできなかったこの父を無条件で信じなければな
らないなどと無理強いする考えは毛頭ない。だがお前は私の息子であった。血を分けた親
子の間柄である以上、父が直面している社会的状況と厳格な歴史の事実を凝視し、清く正
義に立たねばならない。恐らく悲しみのみ多い世間で、後指を指されながらもひたすら耐
え、お前は育った。それゆえ、人間対人間の、いや、親子としての関係さえも放棄抹殺さ
れなければならなかったのかも知れない。確かに親子としての関係としては、単にお前を
もうけ、生んだ父としてあり、お前を立派に成人させる何の力も持ちえぬ現状は、世の親
として痛恨事であるという活字の上での責任を感じているに過ぎないのかも分からない。


 お前は、この世に生まれて間もなく世の荒波にさらわれた。世間の酷と厳しさを体で知
るために生まれた一つの悲しい星だ。だからお前をはぐくんでくれた暖かいお婆さんの心
と学園だけがお前の学びの場であったと思ってはならない。差別を持って罪なき人間を縛
っているこの世代の誤解のなか、お前も一度だけ来たことのあるかんごくのほこりと汗ま
みれのなかで、不断に身悶えているチャンの生命、その生命の尊厳は何であり、その最大
の願いは何であり、今日どのように打ち砕かれているか、あるいは今後はどのように実を
結ぼうとしているのか、どのように花咲かせ実を結ばせなければならないか、こうした課
題、問題意識を袴田巌を救う会並びに袴田巌救援会の現実からくみ取っていかねばならな
い。そしてこれと真向から取り組んで生き貫く人生こそ、人間として偉大さの成就が保証
されるのである。私は今度の濡衣でお前の面倒をみてやることができなかった。本当にす
まなく、悔しくてならない。今も痛烈な無念で肌あわだっている。そして誤判による死刑
判決という恐るべき呪われた姿で、緊張と危機にさらされた哀れな市民の姿をお前に直接
的にみせたという点においては、これこそ父たる私が全身全霊で示すことができた、唯一
最大の教育ではなかったか?

袴田巌さんの獄中日記です。 
多くの手紙がご家族、友人知人のもとに届けられ、確定後も、生きる証として、また、無実の証として、毎日の日記がご家族のもとに届けられている。
  


18:00をチャンの祈り  息子への想い  at 18:00Comments(4)袴田日記

2007年07月06日

THE JAPAN TIMES


2007年7月4日 THE JAPAN TIMES に 先日のニュースが載りました。
人権大国であるアメリカも注目してきました。  


05:00をTHE JAPAN TIMES  at 05:00Comments(0)袴田事件

2007年07月02日

袴田巌君 面会求める

袴田巌君への面会求める

今、福岡に帰ってきました。
袴田君に面会を求めましたが、駄目でした。
お姉さんが「熊本裁判官を知ってるか」との問いに「知っている」と答えたそうです。 
そして、私が会いたがっていると伝えてもらうと「私も会いたい」と言ったそうです。

明日、ズームイン朝に出ます。


【関連ニュース】
41年前に起きたいわゆる「袴田事件」をめぐり、1審を担当した元裁判官が、袴田死刑囚と面会するため東京拘置所を訪れました。死刑を言い渡した側の元裁判官が死刑囚に面会を求めるのは、極めて異例のことです。

 静岡県で一家4人が殺害されたいわゆる「袴田事件」で、裁判の1審を担当した元裁判官の熊本典道さん(69)が、2日午前10時すぎ、元プロボクサー、袴田巌死刑囚(71)に面会するため、死刑囚の姉・秀子さんらとともに東京拘置所を訪れました。

 熊本さんは今年3月、評議の秘密を破り、「自白の信用性は低く無罪だと思っていた」と証言。事件からちょうど41年目を迎えた6月30日、事件現場を訪れました。

 死刑判決を言い渡した側の元裁判官が、死刑囚と面会を求めるのは極めて異例ですが、2日は接見の許可はおりませんでした。(02日11:34)


■TBS
■テレビ朝日  


23:30を袴田巌君 面会求める  at 23:30Comments(3)袴田事件

2007年06月28日

私のした事。

私のした事について反響が大きいとのことで、一言話しておきます。
あの事は別に特別に変わった事だとは思ってません。
「過ちを改めるにはばかる事なかれ」という先人の言葉があります。
別に判決だけではなく、 誤らないようにすることも大事ですけれども、誤ったと気がついた時にすぐ直すということは何事にも通用することでしょう。
最近は、誤ったと気がついても改めない人々が多くなりすぎているのではないでしょうか。 
昔、私が「会社更生」の事件をやっていた頃、「会社更正の神様」といわれた早川種三氏から
プロのマンネリ、素人のひらめき”という貴重な言葉をもらい、私は今でも何事にも、この精神で望んでいます。  参考になれば・・・
色々ご意見ください。

「異例の告白」



明日から、静岡に行きます。
マスコミ取材もありますので、テレビ等で放送するかもしれませんが、
帰ってきて報告したいと思います。  


22:00を私のした事。  at 22:00Comments(3)思ったこと

2007年06月26日

袴田事件 関連ニュース 

6/25日 関連ニュース 

袴田巌死刑囚(71)を支援する「救う会」は25日、1審を担当した元裁判官で「無罪の心証があった」と今年公表した熊本典道氏(69)の陳述書を添えて再審開始を求める上申書を最高裁に出した。

司法記者クラブにて記者会見



■日本テレビ
■TBS
■テレビ朝日 
■東京新聞 
■朝日新聞 
■毎日新聞
■読売新聞
■産経新聞
■時事通信 
■共同通信
■中日新聞
■静岡新聞
■ニッケイネット
■yahoo!ニュース
■livedoorニュース
※削除された記事もあります。

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6/24 サンデープロジェクト 関連

■裁判官の証拠が、メディアによって検証できなくなる 1



■裁判官の証拠が、メディアによって検証できなくなる 2
  


05:00を袴田事件 関連ニュース   at 05:00Comments(5)袴田事件

2007年06月19日

袴田事件 自白の証拠能力②

「自白は証拠の王である」と、昔から言われてきた。
これは全世界共通である。 そのため、どの国の捜査官も、まず自白の獲とくのため、血道をあげる。
しかしそれに集中すると、自白を得るために色々な手段が用いられる。

日本の例をとってみると、戦前の有名な小林多喜二という小説家(蟹工船を書いた)に対する暴行は
有名な出来事で、彼はそのために死んだ。
戦後でも、捜査官が殴る蹴る等して、自白させることが、たびたびあって「そんな自白」を証拠として
利用できるかという事件は数々報告されている。

まず、憲法を見ると、拷問による自白の獲とくが禁止され、刑事訴訟法も同様の規定を設けている。
(日本国憲法38条2項、刑事訴訟法第319条第1項)


関連記事
(袴田事件とは)
http://www.hakamada.net/hakamatajiken/jiken_menu.html
(熊本典道ニュース)
http://www.janjan.jp/government/0703/0703101452/1.php  


12:00を袴田事件 自白の証拠能力②  at 12:00Comments(4)袴田事件

2007年06月18日

袴田事件 サンデープロジェクト 

1966年(昭和41年) 6月30日、事件が起こってからもうじき42年目になります。

今週と来週にちょっと動きがあります。

まず今週、6月24日(日)サンデープロジェクトで大谷 昭宏さんとの会談を放送します。
4時間の収録でしたが、放送は20分くらいではないでしょうか。
※放送の予定は変更する場合があるそうです。

内容については、放送前なので言えませんが、大勢の人に見て貰いたいです。


翌日、6月25日(月) は東京、司法記者クラブで記者会見の予定です。 


弁護過誤による有罪・死刑の責任は誰に帰すべきものか。
ー袴田巌を死刑に追いやった人々ー


私がマスメディアに出る事で、一般の人に袴田事件のことをもっと知ってもらえたら幸いです。




関連記事
(袴田事件とは)
http://www.hakamada.net/hakamatajiken/jiken_menu.html
(熊本典道ニュース)
http://www.janjan.jp/government/0703/0703101452/1.php    


12:00を袴田事件 サンデープロジェクト   at 12:00Comments(0)袴田事件

2007年06月15日

袴田事件 弁護権の保障

丁度その時期、私は学者として米国連邦最高裁の判決の動きをタイムミューズウィークから知り、最高裁図書館に送ってきたこれらの判決を読みました。
Miranda V. Arizona外3判決として報道され、私も日本の判例時報に次々に紹介していた。

憲法三七条では被疑者に弁護権を保障している
この弁護権は、被疑者と弁護士と意見を交わし、検察官の主張に対してどのような防御をするか等について十分に話し合う事が重要である。

袴田君の場合、果たして十分にこの弁護権を保障したことといえるだろうか、
これが一番の問題点となる。

この点からみると弁護人三人は合計三回しか会っていない。
しかも、三回合計で一五分間という。

昭和四一年当時でさえも僅か一五分しか面会していない。これでは弁護団と袴田君との間の意志の疎通さえも出来ていないはずで、疑われた事件の内容に対する打合せ、反論をどうするか等の事は到底不可能であった事は誰の目でも明らかであろう。



関連記事
(袴田事件とは)
http://www.hakamada.net/hakamatajiken/jiken_menu.html
(熊本典道ニュース)
http://www.janjan.jp/government/0703/0703101452/1.php  


12:00を袴田事件 弁護権の保障  at 12:00Comments(0)袴田事件

2007年06月14日

袴田事件 自白の証拠能力

袴田事件では何が問題になっているのか。
 
第一審の裁判で最も問題になったのは自白の証拠能力(これを証として有罪を立証するために使用出来るのか)であった。
 
昭和四一年八月一八日、突然逮捕され、丸二十日間二人の静岡県警の誇る強力(ごうりき)班(云ってみれば、静岡県警の誇るエース二名)を彼の取調べに全面的に投入し、その日から二十日間、二人で交互に、一人は調べ官、一人は立会人として彼の取調べにあたった。 証拠はなく、たとえば「これはどうだ」とか、「あるいはこの点についての説明は?」等、彼に示すべき証拠物のない状況で取り調べにあたったことが証明されている。 つまり、この二人は「私が一人でやりました」という彼の自白を求めて調べにあたった。 そして調べる方の二人の警察官はいづれも真犯人だと信じ込んでいて、真犯人なら真実を調官に申しのべるべきだという態度で取調べにあたっている。 この様な、密室での(立会う人もいなく)尋問が丸二十日間もつづいた。
 
このような尋問はすでに昭和四一年六月には、アメリカ合衆国の連邦最高裁判所(ウォーレンコート)で、他に暴行・脅迫等加わらなくても、それ自体強制的な雰囲気を持つものであって、弁護人の立会いがなければ自白が任意されたとはいえないとなっていた。
その点で、この自白は証拠として採用できなかった。

~つづく~


関連記事
(袴田事件とは)
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(熊本典道ニュース)
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12:00を袴田事件 自白の証拠能力  at 12:00Comments(1)袴田事件

2007年06月13日

基本的人権 日本の現状

 昭和21年11月3日に日本国憲法が公布され、その第三章以下に「国民の権利及び義務」の定めがあり、その中の第十一条「 基本的人権の享有と本質」で国民の永久不可侵性を定め、第二十八条で「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する」までの間の細かい定めをしているが、国民のどの位の割合の人々がこれを知っているだろうか?
 
世界の国々の人権度を測定した数字を見てみると、フィンランド・スウェーデン・ノルウェーの北欧三ヶ国がだんぜん抜け出ていて、いわゆるG7のうち日本を除く国がつづいて、最後に日本が最下位を示しつづけている。今日もなお、人権発展途上国といわれ続けているのを、いったいどれだけの日本国民が知っている事であろうか。
 
実際に自由・権利又は保障をほぼ尊重しているかどうか、それらの権利が侵害されてないかという点からの調査でも、最低であることが実証されている。こんなことを言い出すとおそらく日本人の大半は、そんなむつかしい事は我々素人には分からないという答えが返ってくるでしょう。
たったこれだけの事でも日本では問題となります。
 
 ところで、袴田事件では何が問題になっているのか。。。。次回につづく。


関連記事
(袴田事件とは)
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(熊本典道ニュース)
http://www.janjan.jp/government/0703/0703101452/1.php  


12:00を基本的人権 日本の現状  at 12:00Comments(3)基本的人権

2007年06月12日

基本的人権 日本と海外との違い

ロサンゼルスタイムス紙、ARD German TV(ドイツのNHK) のインタビューを受けて、両社の質問者の袴田事件に対する目のつけどころ(視点)が日本の多くの記者のそれと大きく違っていた。
それは人権に対する基本的な考え方についてである。
大学時代から考えていた事でもあるが、人権とは根本的にはフランス革命、アメリカの独立戦争、イギリスのマグナカルタ等に基づくものと私は思ってきた。
一言でいえば革命(市民自らが自分の血を流して、人間らしい市民生活を取り戻した歴史)を
持つか持たないかである。

日本人が人間らしい生活ができる様になったのは、昭和20年8月15日の終戦という何も血を流さなくて自由と人権を与えてもらった日からである。 人によっては300年の違いがある人と、私は400年だと考えているが、格段の違いはどうしょうもないと考えている。
 ロサンゼルスタイムス紙の記者に一言でいうとと問われて次のように答えた。
「日本人が権利を論ずる時、マイライト(私の個々的な権利)でしかないが、英・米ではヒューマンライツ(人間が持って生まれた、人間としての権利を意味する)」と答えたら一応理解できたようだった。
英・米・独でも権利は与えられてもらうものではなく、自ら闘って取るものだという考え方が定着している。  
その差が300年といい、私は400年の違いがあると思っている。
今日の日本のあらゆる現象がそうでなければ説明できないと考えてるが,諸兄姉は如何?  


12:00を基本的人権 日本と海外との違い  at 12:00Comments(1)基本的人権

2007年06月11日

はじめまして、熊本典道です。

私は今年70歳になる。袴田君の顔は今も思い出さない日はない。

「(自分が)死ぬ前に一度言っておきたい」という気持ちでマスコミにもでました。

袴田君が開放されない限り、私は救われない。

開放されたとしても彼の一生をつぶしたことになると思っている。


このブログで、日本中の若い人たちにも「袴田事件」を知ってもらい、袴田君を救いたい!

また、袴田事件をとおして日本の問題点を書いていきたいと思います。


関連記事
(袴田事件とは)
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(熊本典道ニュース)
http://www.janjan.jp/government/0703/0703101452/1.php


  


12:00をはじめまして、熊本典道です。  at 12:00Comments(10)ご挨拶